自分の心を生きる第17歩〜問題があるという前提の生き方〜

2015年12月23日

 

今日はまた違う視点から

過去の自分を振り返ります。

 

 

当時の私の

 

内側(心の状態)

それに伴い起きてた

外側(現実の状況)

 

を照らし合わせながらご覧ください。

 

 

「自分の人生、人格には問題がある」


これが長い間、私の中にあった「大前提」で「思い込み」です。

 

要は人生にも、人格にも「問題がある」という前提で全ての物事を捉えてたわけです。

 

人生にも人格にも「問題」があるので

自分の決断に関して何の自信を持つことができません。

 

スピリチュアルが好きだった私は

有能な占い師さんやサイキッカーの方に
自分の人生を委ねることになります。

 

ここで頭の中はこんな方程式が出来上がりました。

「無能なわたし」は「有能な人(他人)」に答えをもらうべきだ。

 

で、自分の中の内側は見事に浮き彫りにされてきました。

「あなた腰痛酷いでしょ?それ親との関係修復しないとダメだよ」

「先祖にも親にも感謝しないと。お墓参り行ってないんじゃない?トラブルの原因はそれです。」

「玄関汚いでしょ?風通し良くして気の流れ保たないと色んなもの滞るよ」

「人のことを悪く言うと返ってくるもんですよ」

「先に与えなさい」

能力者たちは全て見透かし、現状を当ててくれました。

そんな状況は余計に「この人たちの言うことを聞かなきゃいけない」という思いを強化することに。

 

頭の中には自然にルールが出来上がります。

人生と人格の『問題』を解決するため(=「幸せ」になるためには)

親との関係の修復が必要。
お墓参りが必要。
感謝が必要。
掃除が必要。
ポジティブな言葉が必要。
与えることが必要。

で、前前記事に話しは戻りますが
私にはこれらが出来ませんでした。

 

「自分には問題がある」
「幸せになるためのルールが守れない自分は幸せにはなれない」

この新たな思い込みで世界を創り始めます。

するとキャッチする情報までもがね、そうなるんです。

スピリチュアルの作家さんのプロフィールは
大体有名大学を出ている、家庭環境がしっかりしてる。
(絶対そんなことないのに笑)

「大学も出てない、家庭にも問題があった自分には、やはりそうなる資格がないんだ」

明るく、愛あるものに触れなさいという教え。

「暗いものが好きな自分には、やはり何か人格的な問題があるんだ」

 

全てがこんな感じの堂々巡り( ̄▽ ̄)

 

こんなことを書くと、今度は当時私にアドバイスをくれた人たちが「悪く」見えてしまうかもしれませんが、

 

当たり前ですが全くそんなことはありません。

 

私の内側が全てを創りだしていただけの話しです。
別に上から目線で話しをされた訳でもないんです。

 

”無能な自分”と”有能な他人”という私の思い込みが
「目の前の人が人生の真理だ、真実だ、全ての答えだ」

という盲信に走らせただけ。

はなからそのアドバイスくれた人たちは
「絶対こうじゃなきゃ!」なんて言ってません。

 

”全てに問題がある”という私の思い込みが
「感謝しないから、墓参りしないから、親との関係修復してないから」
という、問題を強化するような発言をしてくれただけでした。

むしろ私が”そう思ってる”から、それを感知して能力者の人たちは言葉にしてくれてたんです。

 

人生や人格に問題があるという思い込みは
幸せになるためのルールを作り出しました。

 

ルールが出来ると今度はそれを守らなきゃいけなくなります。

そして今度はルールが守れない自分を責めるようになります。

 

ダメだ、ダメだの繰り返しは

 

どんどん本来の自分のパワーを消失させます。

 

そしてどんどんどんどん他人にその力を委ね始めます。

 

最初から問題なんて無かったんです。
ただ、こじらせてたのは自分自身でした

 

感謝もしない→したくないから。
悪口もネガティブなことをも言う→言いたいから。
お墓参りもしない→行く気にならないから。
掃除もしない→したくないから。
親とのことだってこれで良い→思いつめるのが面倒くさいから。
与えない→無理、与えてる余裕なんてない。


最低です笑。

 

でも自分の中でタブーだったこと、心の声のまま、一度全部そのままやってみました。

そんなのダメ!っていう抵抗をやめたんです。

 

すると、、、まさに「陰転じて陽となす」

心がめっちゃ楽になって自然に全部に、人生にも親にも自分にも感謝が溢れるように変わりました。

幸せにならなきゃ、といつもなにかに怯えながら生きてる感覚もなくなりました。

※「幸せにならなければいけない」って、この思い込みが全てのこじらせ原因な気がしてます。

 

感謝しなきゃしなきゃってなってた時は
全くできなかったのにね(笑)

 

「人は愛だってどの”教え”も言うくせに、なんでこんな縛りが多いの!しなきゃしなきゃってそれができないレールから外れた自分は一体どうしたら良いの!!」

振り返ると、あの当時わたしが欲しかった言葉は

”こうしなさい、ああしなさい”では無くて


「なんでも良いよ!問題じゃない。なんでも大丈夫。」

 

この一言でした。

 

ここ数日間で書いたあの記事たちは「未来のわたし」が「過去のわたし」に向けて書いた内容。

 

「あんた、そのまんまでなんも問題なかったよ!」って。

 

だから「過去のわたし」と同じ方がいたら心底お伝えしたいです。

『問題』はそのままでも問題ありません。

”『問題』は『解決』しなきゃいけない”

 

ある意味これも思い込みです。

 

とことん、好きなようにやってください。
誰の言うことも聞かなくて良いです。
幸せになるためのルールなんて一切ありません。
あなたの思うように生きてください。
「スゴイ人」なんてこの世界に誰も存在してません、人に「上」も「下」もないんです。

 

「わたし」は未来の「あなた」の姿。

未来のあなたは確実に豊かさと愛と幸せ感じて生きてるから、安心してそのまま進んでください。

 

わたしはとことんアウトローな感じでこれからも「結果」出しますよ!ちゃんと証明します。

 

人の本質は愛と光。

悪口言ったって感謝しなくたってあなたの本質が”超最高”ってのは変わらないから

(しつこいですが何度も言いますよ笑)

 

 

だからどうぞあなたの

 

 

好きなように!

ね(^-^)

 

 

とは言っても、

人はすぐ忘れる生き物だから

1人悩みすぎて、また辛くなった時は良ければ、またここに来て読み返してみてください。

歪さを受け入れる
素敵な人の落とし穴
ノールール宇宙

 

ま、「こいつ」もこんな感じだし、別に私も大丈夫か。

そんな風に思ってもらえたら幸いです。